![]() | アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫) ダニエル キイス (1999/10) 早川書房 この商品の詳細を見る |
感じた事をそのまま文章にする事が、読書感想文なのでしょうが…とてつもないテーマを内包している為、一生かけてもこの感想文は完成しそうにありません…
この物語は完成形ではなく、読まれた方が感じる「なにか」によって完成していく過程にあると捉えています。
30を過ぎて、改めて読み返しました。それなりの人生経験を積んで行くと、過去には見えなかったものが見えてきたり、また見えなくなってしまっている事に気づかされます…時間を経る事によっても、物語自体が変化をしたかのようにも感じられるのです。
何を感じ、何を思うか?また「なにか」を構成する為にも、ある程度の知能と知識が必要となります。それらをテーマとして内包している本書…知能・知識の高低を考えるにあたって、その認識が変化すると、それ自体が、この物語の主人公チャーリーに対する考え方に影響を与えます。この事も物語自体が変化していく一因になっていると、私は考えています。
時間とともに「なにか」は変化してゆく…益々この物語は、過程にあって「未完成」なのだと再確認しました…
私自身の「なにか」について書く上で、未完成で変化している認識をどう整理すれば良いのか?考えた末に箇条書きを使って断片的ではありますが、私なりの「経過報告」(笑)にしたいと思います。
・知能が低いまたはまったくないという状態は、一般的に言われるように、本当に儚くて、不幸なことなのだろうか?
・幸福と不幸はバランスの取れた天秤のようであり、どちらかが多すぎても少なすぎても、成り立たず、幸福とは不幸を知る事でより深まる。同じように不幸も、幸福を知ることで、不幸であることに気付かされる事。しかしバランスの崩れた状態は異常な事なのだろうか?
・知能を持つ人間の幸福と不幸の割合が50:50である状態では、無知能と言われているもの全てと同じ存在なのか?
・考える過程に意味はあるのか?考えても、考えなかった場合と同じ答えに至った時、その意味は無くなってしまっているのではないか?
・そもそも考えが変化していく状態に意味があるのか?
全ての経過を書けそうもありません…特に人間関係として見る愛情・友情・家族愛については、ニュース等で見る傷害事件のほとんどが、それらに深く関係している為、いつも考えさせられています。箇条書きにすら出来そうもありません。
また機会があったら続きを書きたいと思っています。
この記事へのコメント
本当に難しいテーマだと思います
私も随分前に読んだきりなので、また読んでみたくなりました。
現時点で感じることは
幸福か不幸か判断する場所は脳なので同じ人間で同じことを判断するにしても違うのだろうなとは何時も思ってます。
最近のニュースでの出来事はものの豊かさに心の豊かさが伴っていない結果か…
自分でも書きたいことがまとまりません、すみません
私も随分前に読んだきりなので、また読んでみたくなりました。
現時点で感じることは
幸福か不幸か判断する場所は脳なので同じ人間で同じことを判断するにしても違うのだろうなとは何時も思ってます。
最近のニュースでの出来事はものの豊かさに心の豊かさが伴っていない結果か…
自分でも書きたいことがまとまりません、すみません
2007/10/16 (火) 08:37:41 | URL | 藤 #-[ 編集]
心は脳の化学反応と電気的信号によって成り立っている。
人が違えば、同じ現象・境遇にあった場合でも脳の反応は違う…
幸福と不幸を考えるのに、一般的な尺度を作っても、個々の脳(人格?)には当てはまらないのではないか?
この様に、私は解釈いたしましたが、間違っていないでしょうか?
それから、「ものの豊かさと心の豊かさ」について考えた、私の現在の独断と偏見を書きます…
それぞれの豊かさは、ある程度まで比例して共に上昇し、ある程度を超えると今度は反比例して、心の豊かさは失われていく…
発展途上国と先進国(何をもって先進国で何をもって発展途上国なのかは、世界各国の機関によってさまざまで、現在断定はできない状態)を比べると、文化や精神面での豊かさは…やはり比例してると感じます(個人的な見解と、勝手な解釈をもとにしてます)。
先進国の中でも先進国に成りたての国、とある北欧の国等は、羨ましいくらい心の豊かさを感じます。…ここがある程度、ピークを考えた理由です(こちらも個人的な見解・解釈です)。
逆に歴史のある先進国には、犯罪等にみる猟奇的・病的犯罪の閉める割合は高くなります。…これが反比例にいたる理由です(もちろん個人的な…省略…)。
明るいニュースで盛り上がる?もはやニュースではない(笑)時代が来るといいですね。
人が違えば、同じ現象・境遇にあった場合でも脳の反応は違う…
幸福と不幸を考えるのに、一般的な尺度を作っても、個々の脳(人格?)には当てはまらないのではないか?
この様に、私は解釈いたしましたが、間違っていないでしょうか?
それから、「ものの豊かさと心の豊かさ」について考えた、私の現在の独断と偏見を書きます…
それぞれの豊かさは、ある程度まで比例して共に上昇し、ある程度を超えると今度は反比例して、心の豊かさは失われていく…
発展途上国と先進国(何をもって先進国で何をもって発展途上国なのかは、世界各国の機関によってさまざまで、現在断定はできない状態)を比べると、文化や精神面での豊かさは…やはり比例してると感じます(個人的な見解と、勝手な解釈をもとにしてます)。
先進国の中でも先進国に成りたての国、とある北欧の国等は、羨ましいくらい心の豊かさを感じます。…ここがある程度、ピークを考えた理由です(こちらも個人的な見解・解釈です)。
逆に歴史のある先進国には、犯罪等にみる猟奇的・病的犯罪の閉める割合は高くなります。…これが反比例にいたる理由です(もちろん個人的な…省略…)。
明るいニュースで盛り上がる?もはやニュースではない(笑)時代が来るといいですね。
2007/10/17 (水) 20:14:35 | URL | 只の人 #MT29PDIs[ 編集]
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